鞍谷川(くらたにがわ)の改修と災害の歴史

写真は先ほど、川岸の一部が濁流でえぐられた粟田部鞍谷川の様子で、復旧警戒が行われている最中です(大きな画像/クリック)

濁流の鞍谷川 '04 7/18 PM01

福井県今立町粟田部を流れる鞍谷川は、文室川にくらべてその力は弱く、文室川の扇状地の東を北流し粟田部の市街地に達しているが、三里山の西側を流れる文室川の堆積作用によって、やむなく三里山の東を流れる。このため、粟田部市街地で急に東に流れを変更することになり、流速の急減により、洪水がたびたび起きた歴史があります。


昭和33年から始まり、昭和49年鞍谷川の河川改修工事の完成は町民多くの待ち望んだものであったことは容易に想像されるところです。この時粟田部の市街地を通過していた鞍谷川は市街地の南に移され以後、悩みは解消されました。


小学生の頃、床下浸水は何度もあったように記憶しています。佐山通りはその頃まだ道幅も狭く、大雨があれば道路は川のようになり、通学も困難な状態になりました。腰まで浸かって行き来する大人達の姿が今でも目に浮かびます。


現在鞍谷川の側を通る時、その深いコンクリートの堤防にいろいろご意見も聞きます。しかし昔の大変だった時代を子供ごころに体験した私には感謝の念しかありません。今日痛々しい姿を見て益々その感を深くしました。


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