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沿革

 当山、真宗出雲路派本山毫摂寺は、天福元年(1233)、宗祖親鸞聖人が京都上加茂の間の出雲路に一宇を草創されて以来、第五世善行上人の御代、暦応元年(1338)に越前水落の辺り山元の庄(鯖江市神明町)に移転された。ここに第十一世善秀上人の御代にいたるまで在住されたが、同上人には御法嗣がないので京都柳原大納言より嗣子を迎え、第十二世善照上人として法灯を継がれた。

 慶長年間、善照上人の御代(1596)に現在の地、味真野地区清水頭に移転した。(ここは、もともと太子堂があり、先に秀吉より除地朱印を頂いていた)これより漸次諸堂の再建成り、徳益広く伝わり、宗勢はとみに栄え、法灯綿綿として今日に伝承されているのである。

 尚、毫摂寺は光明天皇、後柏原天皇および後陽成天皇から勅願所の綸旨を賜っている。
 昭憲皇太后のゆかりもあり、明治天皇の御科物が蔵されている外、第二十四世善解上人が渡印されたご因縁により、パンナティッサ大僧正より佛舎利が奉呈された。



 武生市五分市は 私の祖母の里でもありとても親しみがあります。今回のご縁でいろいろ見てまわることができ とても楽しかったです。
2002 5/25

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