2012年03月30日

彦根城の梅

彦根城

3月の思い出、京都へ行く機会を得、ついでに梅が見れたらと思いつく。途中の彦根城、福井と京都の中間でもあり、まだ咲くには早いかも知れないと思いながらも寄り道してみる。人の記憶はあやふやなもの、何度も来ていると思っていても、思い出せない風景の何と多いことか、

キャッスルロードを横目に、京橋、大手門橋を渡りひたすら天守を目指す。天守入り口から見た伊吹山が美しい。天守へ登る階段は大変急で全て補助員が見守っている。天守は姫路・松本・犬山城と共に国宝四城のひとつ。最上階からの琵琶湖の眺め、竹生島も小さく。続いて玄宮園へ。受付の方から見所など教えてもらう。ここは大名庭園で鳳翔台という茶室もあって朱傘が鮮やか。池は発掘調査中とかで水量が少なくなっていた。

さて梅の花は、出会った職員の方に尋ねると「馬屋」に咲いていたとのこと。早速行ってみると何とここは重要文化財であり、作りものの馬まで。この小さな庭に紅白そろって満開の梅を見ることができた。紅梅が圧倒的に多く綺麗。お堀端には二季咲桜も咲いていた。これは水戸市から贈られたとあり、井伊と水戸の歴史的関係からみて微笑ましく思った。最後大変元気のいい人力車の若者と出会い、ナイスボーズ(掲載了解済み)。彦根を後に一路京都へ向かう。(3/10)

投稿者 sensyu : 22:30 | コメント (0)

2011年10月28日

冠山と徳山湖

徳山湖

 池田の冠山へ行ってみる。相変わらず雄大な景色と紅葉。今回は鯖江の方と知り合いになり峠に至るまでほとんどご一緒させていただく。大変カメラに詳しい方のようで、大変勉強になった。どこへ行っても必ずといっていいほど誰かと仲良くなれる、いつも不思議に思っている。

 今回も少しの間ガスの中に入ったりと感動の光景に浸りながら峠へ。そこで岐阜県側を見下ろしてみると小さく湖のようなものが見える。以前から気になっていたので、今回は行ってみようと思う。車を走らす途中、今庄の田倉へ抜ける道があったが工事中で通行止めの表示。ここから高倉峠、昨年行った蓮如の里へ抜ける道と分かった。それにしてもなかなか目的の湖に着かない。山では近くに見えても、実際はものすごい距離があると思い知らされる。長いトンネルをいくつか抜けようやく。徳山ダムを始めて、湖はダム湖であった。福井県大野の九頭竜ダム湖によく似た景色がどこまでも続く。ダムはロック式でこれも似ている。エメラルド色の湖に大変綺麗な橋、徳之山八徳橋でPCエクストラドーズド橋という形式、これによって工期短縮、経費削減が可能になったそう。やはりたくさんの村が湖底に沈んだようで、ふるさとの碑を見た。鮮やかな景色を見ることができ、足を伸ばしたかいあり。

http://www.awatabe.com/ikeda/tokuyama/

投稿者 sensyu : 23:19 | コメント (0)

2011年10月20日

飛騨高山研修会

金森長近像

 9月18日、高山市「飛騨高山まちの博物館」にての研修会があり参加。花筐公園保勝会、郷土史研究会合同によるもので、約30名の参加があり、本町を朝6時半出発、高山へ10時に着く。高山市役所から

 市職員の方がバスに乗車、「飛騨高山まちの博物館」研修会場へ向かう。大変明るい研修室で職員の方達による講義が約1時間、歩いての博物館内説明が約1時間あり、バスの中での福田代表の歴史講座と合わせ3時間はみっちり勉強したことになります。

 さて、高山市は旧武生時代から越前市との姉妹縁組もあり、若い頃、武生の仲間と民宿に泊まったり楽しい思い出のたくさんあるところ。日本一広い面積を有し、東京都と同じ面積と言えば驚異的。92パーセントは森林で槍ヶ岳、乗鞍、穂高、白山と日本の屋根の名がポンポン出てくる。今日の研修目的の「公園」については都市公園が34箇所、地区公園が39箇所、合計73箇所もある。しかし、市街地周辺での宅地開発で緑が減少している。この為、公園緑地に対する市民の要望が強く、市も潤いとやすらぎを感じることのできる環境作りを基本理念としているそうだ。歴史的な町並と調和する里山の保全に力を入れ、都市公園の整備を進めていることなど「緑」を中心にした施策が目立つ。公園は行政の管理下にあり、住民参加型というものではない。これは数も規模もあまりに大きいことと歴史的推移に起因している。例えば今回のお目当て城山公園などは、私有地と国有地が入りまじり、天然記念物文化財もあり手を加えることができない、だから行政主体となっている。

 飛騨高山といえば、金森長近の縄張りによる町作り。城の図面も拝見。おもしろいと思ったのは、秀吉の活躍する戦国時代の図面は大雑把で、徳川時代のものは精密に描かれている。これは戦国の世では城の図面は最高機密であり漏洩を恐れ、太平の時代はその心配がなく逆に補修の為などに精密な図面を必要としたからだそう。長近といえばこの後で行く城山公園に乗馬姿の凛々しい騎馬武者の像が建っている。越前は大野城、ここにある長近の像との雰囲気の違いは大変おもしろい。その時々の長近の心をよく表しているようにも見える。

 高山陣屋前での記念撮影の後、自由散策など楽しい時間を過ごし、見送っていただいた市職員の方に感謝しながら帰路。大変有意義な一日を過ごすことができました。

http://www.awatabe.com/travel/hida/takayama.htm

投稿者 sensyu : 17:33 | コメント (0)

2011年09月14日

六華苑

六華苑

 ご夫婦とも福井県出身で三重県に住まわれている方のお宅へ今夏おじゃますることに。薦められるまま始めて「六華苑」へ行く。隣接しているレストランへ気楽に入ったところ高級感の漂い、スリッパ履きという夏軽装に戸惑い。


ウエーター笑顔でOKですよ、とのことで遠慮しながらも一番いい席に座ってしまう。ランチとはいえ、久しぶりに本格サービスに接し値段ともども満足。ウエディング レストランRocca、ここに六華苑の入場券もある。

六華苑(ろっかえん)は三重県桑名市にあり、実業家二代目諸戸清六が大正2年(1913年)に竣工した邸宅。中央の要人と親交を持っていたこともあり、鹿鳴館の設計をしたイギリス人ジョサイア・コンドルに設計を依頼することができた。係りの方にマンツーマンで館内を案内していただく。トイレなども水洗であり、歴史を見れば世界に遅れることなく設置されたことが分かる。螺旋階段は映画でヒロインが着飾って降りてくるような、まさに鹿鳴館そのものなんでしょう。ドアの隙間風を防ぐ作りなど繊細な気配りも見える。まだまだ書ききれないほど細にわたりいろんなことを教えていただいた案内の方に感謝。近くには七里の渡しもあるそうだが、残念ながら時間ぎれ、またの機会があれば。

http://www.awatabe.com/travel/mie/

投稿者 sensyu : 22:04 | コメント (0)