2006年04月12日

海を渡る恐竜

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 韓国でまもなく開催される世界エキスポに、福井県の県立恐竜博物館から恐竜の全身骨格など、日本から唯一出展されるそうです。中国や地元韓国からの出展と合わせ大変盛大なエキスポのようです。地図を眺めてみても、日本海は一つの大きな湖のようにも見えてくるのが不思議です。最近世紀の大発見とも言われているユダに関する記述も驚きましたが、その時代も遥か彼方に霞んでしまうほど遠い遠い昔の恐竜達が今、アジアで世界の人々を結びつけようと活躍する姿、これこそ奇跡と言っていいかも知れません。日本代表、フクイサウルス達に熱いエールを。

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2006年03月18日

楊貴妃とライチ

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 中国からたくさんの方が日本へ働きにきています。町の中を自転車で明るく行き来する光景も今ではもう珍しくありません。彼女達の故郷から送られてきたという「ライチ」が回りまわって今手元に。生はスーパーなどにもあるそうですが、乾燥実は初めて食しました。とてもおいしいですね。このライチは有名な楊貴妃が好んだと言いますから健康美容食、ダイエット食なのかも知れません。



 楊貴妃は玄宗皇帝の寵愛を一身に受けた天下の美女であったそうですが、彼女の最後もまたそれに劣らずの悲劇であったそうです。そう言えばクレオパトラもよく似た道を辿ったようですし、果たして美人に生まれつくことが幸せに繋がるのかどうか。わが国も負けじと平安の小野小町が参戦していますが、やはりその晩年は不幸であったといいます。越前と言えば紫式部、彼女が美人であったかどうかは知りませんが、都恋しさに泣き濡れたと聞けば、これもある意味不幸なことであったのでしょう。ここはひとつ小野小町の歌を詠みながら、女性の謎に満ちた深層に迫ってみましょう、ライチを味わいながら。

  花の色はうつりにけりないたづらに
       わが身世にふるながめせしまに

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2006年03月17日

神風が吹いたそう

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米国がメキシコに1―2で敗れる波乱は奇跡か。
WBCはすごいことに。巨人・大鵬・卵焼きの世代も、
王監督やイチロー選手の今日の、インタビューでの気迫を楽しみにしている。
もう遠い昔、ON砲などと一世を風靡した、よきプロ野球時代があった。
ガンバレ日本!


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だんごまき

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 小さい頃の、だんごまきには楽しい思い出がある。あちこちのお寺へハシゴをしたものだ。その頃、子供の遊ぶ世界に親はいなかった。はしかい子がたくさんダンゴを拾っても、それは当たり前であって、そこには何の妬みもない。私はそういった時、どうも人を押しのけることができないようで、一つ二つの団子を持って喜んでいたような記憶がする。

 この団子は釈迦団子と言うそうであるから、ご利益があるのだろう。浮世離れした原色は今見ても、目に鮮やかである。この団子には使われていないかも知れないが、一段と鮮やかな色は群青と朱赤であり、この色には独特の華やかさがある。

 餅撒きやだんご撒きなど、最近ではビニールなどの袋に入れて、撒くというより配ることもあるそうだ。衛生上の観点からだろうが、拾ったもちの土を払ったり、畳の上に直に撒かれただんごを拾うのは情緒があったように思う。人は食べるということでは動物と何ら変わることがないのだから、必要以上の潔癖さは人間をどんどん弱くしていくような気がする。きれい過ぎても何となく無菌室にいるようで野生が失われていくのではないだろうか。只、昔と違って、井戸水も水質検査をしたほうがよいという時代だから、同じ土俵で語れなくなってはいる。

 今の世の中でも、子供達は争ってだんごを拾うのだろうか。もっとおいしいものはいくらもあるし、いい子にさえしていれば何でも手に入りそうである。子供という前に親の厳しい目が公平を求める中、何事も難しい時代になっていそうで、一度覗いてみたいとは思う、だんご撒き。

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2006年03月07日

桜前線の声も

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 福井市の新市長が昨日決まった。大変な激戦であったことは、その票差からも察せられる。先立って、ある小さな会合でいろいろ話を聞いたが、今回は保守系が勝つだろうと何となくそう思った。国会の野党のメール問題は多くの国民をがっかりさせた。また、先立っての越前市選挙の反動もあるはずだ。地元密着型の地道堅実との判断があったのではと思う。


 1センチにもみたない花を撮ってみた。接写はなんと始めてのことだ。何度やってもボケルのは何でだろうと試行錯誤。たどり着いた原因は室内でもあり、フラッシュを焚くことであった。おしべかめしべかよく分からないけれど、花びらと共に真近に見ると迫力がある。

 地元密着もこれと同じことなんだろう。花弁の一枚一枚をよく知っている人は何事も安心して託すことができる。落下傘などと不名誉な言われかたをした女性国会議員が候補者との軋轢を流しての応援があったという。驚きと共に新鮮なものを感じ、これによって市民からも地元密着と思われるのではないか。

 花筐公園の桜まつりの声も聞こえてきた。これから桜前線などの話題で賑わうのだろう。今年は豪雪の疲れもあり今ひとつ気持ちも盛り上がらないが、きっとあの満開の桜が見れる頃にはパワーも戻ることを期待。遠くから眺める桜もきれいだが、ひとつ今年は顔を寄せ、桜の花びら一枚一枚にその美しさを感じてみようと思っている。

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2006年03月03日

道州制を考える

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未だ市町村合併覚めやらぬ中、道州制導入の答申があったとか。それによると、都道府県を廃止して全国を9、11、または13に分割が適当となっている。福井県は9道州案なら関西ブロック、それ以外なら北陸ブロックに編入となる。机上の空論と一蹴できないことは、風土を無視した選挙の変な区割りからも経験していることであり、今回の市町村合併を見ても、国がやると決めたら何が何でもそうすることからも明らかです。

近くの神社にも風化した板に敦賀県などの文字も見え、いろんな県名の変節があったようです。小さな町には愛着もありますが、県となるとさほど抵抗なく進められるのかも知れません。只、住む所は誰にとっても大事なふるさとであり、愛着はその名称と一身同体ではないかと思います。それが証拠にネットでは福井市の老舗「だるまや」の名前が無くなることでさえ、寂しさを訴える方達が多くいることからも分かります。福井県という名前がいずれ消えるのなら、もう関西であろうが、北陸であろうが好きに線引きされたらいいでしょう、という気持ちにもなります。

中国ではネットの独自ドメイン管理を打ち出し実行を始めたそうです。理由はアメリカを経由する現在のドメイン体制に不満があるからだそうです。これはある意味すごいことで、世界のネットの秩序から問題もあるそうですが、その発想自体は中国の存在をアピールするに充分です。中古の電化製品販売云々の発想とは桁違いに大きいと感じます。

素直に思えば、福井は北陸でしょう。それは、やはりその風土を共有しているからです。今年の豪雪は「平成18年豪雪」と命名されたそうですが、雪の厳しさを知る者はまたその心を知る者です。同じ風土を抱えてこそコミュニティもスムーズに図れるのではないかなどと。しかし、新幹線の経緯など思えばどうなんでしょうね。今回の市町村合併で何か変わりましたか、と聞けば大概の人から「なぁもかわらんわの」と答えが返ります。日本丸はどこへ向かって船出していくのでしょう。せめて、大海原の景色だけは楽しみたいものです。

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2006年02月28日

トリノ・オリンピック

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目の前にある花を眺めながら書いている。特に何を書こうかまだ決めていない。菊は分かるのだけど、赤紫の花の名前は知らない。こうして花の色が違うように人にもカラーがある。黄色は黄色らしく。白は白らしく生きたいが、赤にもなってみたいなどと人は欲張り。目立つことは花にとって死活問題なのだろう。それを悠長に眺めていると、何だか申し訳ない気持ちになる。せめてきれいに撮れたらと思い苦労してみた。

花が美しいのはその生命の短さにあるという。自分自身と重ね合わせて感情移入してしまう。花木のほんとうの姿はその茎や幹にあり、花や葉はそれを守るためのものだと聞いたことがある。何事も目立たないところにほんとうの力が秘められているものだ。

トリノ冬季オリンピックも閉幕した。待ちに待ったメダル、それも金メダルということで日本中沸いたと思う。選手個人のことではあるけれど、胸に日の丸を飾った以上私達に喜ぶ気持ちが沸き起こるのは自然な姿だ。ネットで、いろんなものをダウンロードするとき、特殊なものの配布先の多くは外国のサイトであり、プルダウンメニューに "Japan" の名前が無いときの寂しい気持ちは喩えようがない。こうして日本語で書ける喜びの裏に多くの方の熱い気持ちがあったに違いない。

否応なく世界を意識せざるをえないネットの世界を経験すると、オリンピックで入賞することがどんなに価値のあるものかが分かる。テレビで見る限り、外国の選手はやはり体格的に圧倒して見える。果たしてこのハンディを抱えたまま競技することはフェアじゃない気さえしてくるのだ。全ての競技にエントリーすることが大国という考えがあるのかも知れない。「参加することに意義」から、「参加しやすいものに集中」していく時かも知れません。「数打ちゃ当たる」ほど世界は甘くない、そんな感想を持ちましたが、スポーツ精神から見てどうなんだろうという一抹の不安はあります。

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2006年02月27日

おひなさま右左

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お雛様はあの歌とともに懐かしい響きを持つ。折り紙で雛人形を作ったことはありませんか。仲良く並ぶ姿は人の最大幸福を表しているように見える。この雛人形を飾る風習は明治頃からで、それまでは、人形を川へ流す「流しびな」であったと「源氏物語」にあるそうです。これが三月節供雛の起源であり、今でもこの風習が残っているところもあると聞きます。この時期になると、男雛と女雛、歌では「お内裏様とお姫様~」でしたか、どちらに置くのかの話題が出てきます。右か左か・・・この話は奥が深そうですね。

「左右」と書くように左は右より上位なのです。京都、天皇がお座りになる高御座(たかみくら)は南向きで、これを中心に東を左と決め、左京区。右京区ができたそう。「日出る国の天子、書を日没するところの天子に致すつつがなきや」という訳で太陽の昇る東を上位と定めたという話もあります。大事な人、エライ人は左に座ることとなります。関西での雛人形位置の根拠かなと思います。関東では皇居での天皇、皇后のご様子から男雛を向かって左に置くようになったのでしょうか。外国では右は"Right"「正しい」とか「正義」みたいな意味があることからも右が優位であり日本とは逆です。どうやら左優位は日本だけの特有文化かも知れませんね。

男雛は右でもなく左でもない、中央に座っているという見方が現在の世の中に受け入れられるかどうかは疑問ですが、歴史はそのように流れてきたのです。男女仲良くいけたらそれでいいじゃないかと思いますが、右と左を考えて見ることは全てにおいて決して無駄なことではないような気がします。


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2005年11月22日

夢の中ではもう

年賀状って不思議ですね。まだ年も明けない
うちから「明けましておめでとう」なんて書いている。
今年は合併で越前市になったので、みなさん大変
なんではないかと思ったり。パソコンの宛名住所を
直すのは思っただけで・・・。
画像はジョーク(練習)ですから気になさらない
でください。


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2005年10月23日

お菓子い話

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 今日いただいたお土産の箱を開くと
「金閣」というお菓子。
このお菓子は金閣寺境内売店のみの販売で、
他では求められないそうだ。
中にあんが入って、皮の上には金箔が乗せてある。

 最近では、ほとんどのものが、いつでも手に入る。
しかし、こういったお菓子を見ていると、つい嬉しくなって
心なしか味も倍加して感じられるのは何故だろう。

 金箔なら何千枚も一人で張ったこともある。
金閣再建の様子などTVで見たことを思い出しながら、
口にしたこのお菓子、そしてお茶を。
とても満足、そして贅沢な気分に。

 世の流れの逆もまた真なり。

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2005年09月24日

シャトルバス

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 今立西部工業団地入り口に立つイベントお知らせの看板。
商工会主催という文字が寂しくも新鮮。今までずっと
今立町主催、今立町商工会協賛に慣れていましたから。

 武生には武生商工会議所がある。商工会議所と商工会は
その生い立ちからの歴史があるようだ。これはネットなどで
調べるとすぐに分かる。市町村合併はいろんなところに
波紋を残していくようだ。

 今立の婦人会会長がおいでになった。いろんなお話をお聞き
してとても感動した。町の芸術家もおいでになった。
こんなに大きなカウントダウンになるとは思わなかった、と。
もう最後だからね、との声をお聞きしちょっと感傷的気持ちに。

 今度のカウントダウンでいろんな思いを流しきろう。
流し切った者だけに新しいこれからが見えてくるような気がする。
シャトルバスも出るようで、大きなイベントに今から楽しみ。
実はカウントダウンって始めての経験だからかも。

 シャトルバスが出るほどのイベントって
平成元年の今立展以来?かも知れない。

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2005年09月19日

今立西部工業団地にて

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 20年以上続いた、いまだて祭も最後の声聞こえる中、盛大に幕。
今立町は無くなっても、今立地区としてまた再開できることを。
そんな風なことを言っていたフォークシンガーもいた。

 そんな中、「ありがとう今立町」と題してカウントダウン・イベント。
今立町商工会と今立町婦人団体連絡協議会の主催で、
今立西部工業団地にて9月30日午後7時から午前0時30分に
開かれるとチラシが入った。

 どうやら、武生でもカウントダウン行事があるらしいが、今立最後
の大きなイベントはこちらのカウントダウンになるのかも知れない。
心うちのカウントダウンも始めなくては。


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2005年09月14日

カウントダウン

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 役場へ行く。玄関にカウントダウンという看板があった。
広報担当とお話を、役場のホームページも今月で閉鎖するそうだ。

 総務課と企画財政課 はよくおじゃました。この部屋でこの窓を
眺めながらの、いろんな楽しかった思い出がよぎった。その部屋も
もうすぐ誰もいなくなり空室になり、1階にわずかの職員が
残るのみとなるそうだ。総務課長や芸術館副館長、見知った
方々にお別れの挨拶ができた。合われなかった方々には、今度
のいまだて祭できっとご挨拶しますからね。

 玄関右手前の大きな石には「今立町」と彫られている。福井城の石垣
を使ってある。そういえば花筐公園にもあった。
自衛隊募集の看板とカウントダウンの看板、そして石垣、
大きな時の流れが一度に今、目の前にある。

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